ありのままを見る

一時期視力回復にハマり、眼鏡なし生活をせっせとしていましたが、今も思い出したら程度にゆるゆると続けています。

今日は仕事中もほとんど眼鏡なしで過ごしていて、雨の中駅までぼんやりと歩いていたときのこと。交通量の多い交差点で、信号、街頭、車のライトなどなど、色とりどりの光の玉がいろんな速度でいろんな方向に動いているのを見て、「ああきれいだな」と、これまたぼんやり感じていました(周辺視野モード)。

で、「・・・ああ、きれいなんだ!」と、ものすごくびっくりしました。

今まで目から入ってくる情報を、ありのままには受けとめていなかったことに気がついて。

眼鏡をはずしているとき、「見えていない」という意識のフィルターを通してものを見ていたようです。まったく無意識下でのことだけど、見えていない、という意識はからだを緊張させていただろうし、よく見ようとしたり、「見えないとじれったい」「見えないことは悪いこと」なんていう思考もまた緊張を強めることに一役買っていたのかも。

いや実際、見えないことは不便だし見えないよりは見えたほうがいいのだけれど。でもそういった思考を無意識に抱いて、別にそんなにくっきりはっきり見なくてもいいときにまで「見なきゃ!」と緊張していることは、目の健康にとってはいいことではないはず。

それで、「見えていない」「見なくちゃいけない」というフィルターを外して、ありのままの世界を眺めてみたら、なんだか新しい世界が開けてきました。

見えていないけど怖くない、ぼやけているけど立体感がある、新しい世界。なにより心が疲れない。

もうほんとうに、目の使い方は奥深すぎるし面白すぎる。しばしこの新しい世界を探求してみます。

 

 

 

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