キーワードは「感じる力」

からだの声を聴くとか、感じるとか、大事なのは分かるけど、どうやったらいいのか分からない。結構そういう人は多いみたいで、「感じることは難しい」って敷居が高くなっています。

感覚を使うのは生き物として普通のことだけど、私たちは「考える」社会の枠組みの中で生まれて、育って、生きているので、その社会に適合するためにわざと感じる回路を切っているところもあります。あとは生きていく中で、感じたくないもの(傷、もやもや)を感じないようにするためにフタをしていたりするので、長い間使ってこなかった回路をもう一度復旧させるには、そういったものと向かい合う勇気と根気がいるわけです。ひとたび感じる世界に戻ってきてしまうと、前と同じ生活はできなくなってしまうので、その覚悟ができないうちはやっぱり飛び込むことはできない。

だけど年を重ねて、もしくはからだの限界が見えてきて、このままじゃマズイってうっすらみんな気付き始めているんだと思うんです。で、ヨガを始めてみたり、瞑想してみたり、ジョギングしてみたり。そういったものを通して自分の力で感じる力を取り戻している人もたくさんいるけれど、やってみてもピンと来なくて続かなかったり、自分はやっぱり鈍いのだと諦めてしまっている人も少なくない気がします。

感じるって、言葉で言うとものすごく漠然としていて、ものすごく個人的な体験だから、「さあ感じなさい!」って言われても、手掛かりがないと途方に暮れてしまうんですね。今までそういう脳の使い方をしてきていないのだから、無理ないことなんです。だから自分は鈍いなんてレッテルは貼らないでほしいし、自分にはできないと諦めてほしくない。むしろよくここまで思考で頑張ってきた!って、たくさんたくさん自分を褒めてほしいんです。

で、どうやったら感じる力が戻ってくるのかということですが、まずは「何を、どう感じたらいいのか」ポイントを一度整理してしまうと、感じることがぐぐっとシンプルになります。あれもこれもやろうとすると混乱してしまうから、一番優先度が高いもの、一番自分にとって分かりやすいものから、じっくりと味わってみるんです。

感覚は、変化し続けるもの。たった一つのことに注目していたとしても、それは刻々と変化し続けて、決してある状態にとどまることはありません。変化がないように感じたら、変化しないように無意識にコントロールしてしまっているのかもしれません。

まずは一つ拾い上げた感覚が、どう変化していくのかを眺め続けるのに慣れる。それに慣れてきたら、また別のものに目をむけてみたらいい。そうやって観察力と集中力が少しずつついてくると、自分の中で変化し続ける感覚とともにいられる時間が増えてきます。

もはや修行の世界です。でも修業が苦行にならないために大事なのは、自分にとってのニュートラルな感覚、心地よさ(快)の感覚に気が付けるようになること。痛み、不快感はとても主張が強くて、ある意味魅力的?な感覚なので、うっかりするとそれに魅入られて抜け出せなくなってしまいます。何とともにいるのか、を、自分で選択できる力は、おっきな話になりますがそのまま人生に映し出されていくもの。

 

こんな話をしていると、いつまでも話し続けていられるくらい、「感じる力」は今私にとってのホットトピックです。

去年の後半から、私がボディーワークを通じて伝えたいことがだんだんと結晶化してきたのですが、奇しくも翻訳したNew Rules of Postureの邦題は「感じる力でからだは変わる」。2年前から無意識に、このキーワードは握っていたみたい。

2018年はいっそう積極的に「感じる力」について探究していきます。ワークショップでも個人セッションでも、シンプルにからだを感じるヒントをお伝えして、感じることの面白さを分かち合えたら嬉しいです。

 

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