休日のつれづれ

今日は1カ月ぶりに何もない日。

1月後半から泊りがけの研修が2つほど入ってたので忙しくて、でも合間の空いた日も山に行くのは外せなかったりで、丸1日家で過ごすのは久しぶり。

丁寧に掃除機をかけて、見て見ぬふりしてたキッチンの汚れを取り、丁寧にご飯を作って、ゆっくり家にグラウンディングできました。

1カ月も出ずっぱりでいられたなんて、昔の自分ではとても考えられなくて、年々元気になっていく自分のからだにことあるごとに感動しています。

かつての私は週に2日は何もない日がないとダメな人でした。3泊4日の研修とかあったら、絶対そのあと休みを入れるし、1日遊びに出かけたら、その次の日は休みにしないとダメでした。

持っている体力が少ない上に、何をするにも余計なエネルギーを使いすぎて、消耗が多すぎた若かりし頃。20歳のころより40歳になった今の方がはるかに元気だなんて、ふつうじゃ考えられないと思うけど、でも真実。

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疲れにくくなる、ということは、一瞬一瞬を最適なパフォーマンスで動いている、ということでもあるのだなぁ、とふと気が付きました。

いろんなことが、前よりずっと楽にできて、しかもクオリティも上がっているなんて、なんてすばらしいんでしょう。

若かりし頃の私よ、よくぞあの状態で生き抜いてきた。そしてあの頃の大変さを知っているから、今の元気を奇跡のようにありがたく感じるし、このからだをかけがえなく思う。からだってこんなに変わるんだよって、自信をもって伝えることができる。

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効率的な動きの追求は、「今ここ」の追求といってもいい。

からだを通して今この瞬間にあり続けることにひたすら没頭する毎日。あけても暮れてもからだのことばかり考えていられるなんて、ボディーワーカーという仕事を選んで本当に良かったと思う。というか、そういう毎日を送りたくて、私の魂はボディーワーカーを選んだのかも、とさえ思う。

それでもって、たぶんさらに私のからだはよくなり続けていくのだと思えることがとても幸せ。

 

 

 

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