揺れから「中心」を見つける

3月の終わりにまさかの雪。

今日は禅僧 藤田一照さんが主宰するオンライン禅コミュニティ、磨塼寺(ませんじ)のオンライン坐禅会に参加。ネットを通じて最大時278人もの人が参加してたそうです。

直接一緒にいられなくても、テクノロジーを通じて、これだけの人数が「共にいる」ことができるってすごいこと。

最近瞑想とかもあまりしてなかったので、久々に静かに座ってみて、いろんな状況を平静に眺めているつもりだったけど、からだの中はとても騒がしい状況だったことに気が付きました。

からだから落ち着く、って本当に大事。というか、からだが落ち着いてなければ落ち着いているなんて言うことはできない。

そしてその落ち着きは、自分一人では取り戻すことができなくて、周囲の環境や人との適切な繋がりがあってはじめて戻ってくる。

「場の力」なんていいますが、ワークショップとか複数の人が集まる場所では、一人では得られないような体験が得られたりします。その「場」がオンラインであっても、やはりそうなんだ~、という新しい体験をさせていただきました。

 

それで、一照さんは、座る前にからだをほぐして座るための準備をするのですが、足を組んでからだの軸を見つけるときにおっしゃった「左右に動くと中心が分かる」という言葉がやけに響いて。

左右に揺れると中心が分かる

左右に揺れるから中心が分かる

私たちを「揺さぶる」いろんな出来事は、みな自分の中心に気付くためのことなんだ、と。

振られて、戻って、振られて、戻って、その繰り返しの中で自分の中心を確かにする。というか、「中心」とは非常に動的なものなので、そういう経験があって初めて見つけることができる、といってもいいのかもしれません。

そうして中心が見つかれば、たとえ大きな揺さぶりにあったとしても、「中心」を知っていることの安心感の中で振られることができるし、大きく振られて中心から遠く離れてしまったとしても、また中心に戻れると知っていること、中心に戻れる自分の力を知っていることは、自分に対する大きな信頼になる。

そしてそういうマインドは、「不安定という安定」を知っているからだの基盤があってこそ成り立つもの。

 

世界中の人が、大きく、激しく揺さぶられている今。

いろいろとモノの見方を変えていかねばならない時期だと思っています。もしくは、そんな時期だからこそ、これだけいろいろなことが起こっているのかもしれません。

この世から不安定さをなくすことはできないけど、幸い人のからだには不安定さを味方につける知性が備わってる。それを、活かさなくては。

 

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