食べ物に振り回されない自分になる②

安部さん@風の音治療院のマクロビ講座「自分に優しい食事の基本②」に参加した話のつづきです。(前回の投稿はこちら

前回の内容の復習に続き、まず教えてもらったのは、極陰性・極陽性と呼ばれる、いわゆる「刺激の強い食べ物」の性質と作用について。

甘いもの、アルコール、カフェイン、小麦、乳製品、動物性食品、などなど。
どれもストレスを感じたときに欲しくなりやすいもの。

私はこれまで断然甘いもの派でしたが、この夏は不思議と甘いものへの欲求が消えて、代わりにビールが美味しく感じられていました(もちろんお酒に弱いのでたくさんは飲めませんが)。

で、講座に先駆けて安部さんにお会いした時に、「これって筋肉がついてからだの緩め方が変わったんですかねぇ?」なんて聞いてたのですが、そうではなかった・・・(笑)

これを食べたい!という背後には、からだとこころの欲求があって、それに応じたものが欲しくなるという仕組みがあります。これは絶対知っておくと便利!

あー、甘いもの食べたい!
あー、コーヒー飲みたい!

ってなったときに、「ああ今自分はこういう状態で、だからこれが欲しいんだ」ということが分かっていれば気持ちも楽になるし、じゃあどうしよう?と根本原因に立ち返って手を打つこともできる。

何も気づかず食べることは、それはそれで楽しくて幸せなことではあるかもしれないけれど、欲求に任せていると必要以上に摂取して調子を崩す可能性もあるし、食べてしまったことに対して罪悪感を抱いてしまうこともある。

あー食べちゃった、でもやめられないっ、ていうジレンマって、とってもつらいですよね・・・でも、同じ食べるにしても、「それはどうしてか(WHY)」を知っているだけで、救われる部分は大きいはず。

で、一つ一つのことに「どうしてだろう?」と一旦立ち止まって考えることが習慣になっていくと、そのあとの行動パターンも自然に変わっていきます。

(どうしてだろう、という問いを、好奇心ベースで持てるようになることがポイント。やらなきゃ!というマジメな義務感からでは続けていくのがしんどくなってしまうので。)

今は食べることの話だから、行動パターン=何を食べるか/食べないのか、どのくらい食べるのか、ということになりますが、食以外のことにも言える話だと思います。

 

つづく。

 

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乾燥肌が治った話(生活習慣って大事)

毎年秋がやってくると、皮膚の乾燥に悩まされていたのですが、嬉しいことに今年は今のところ大丈夫なまま過ごせています。

もともと肌は強い方ではありませんでしたが、超乾燥肌がはじまったのは、ロルフィングを勉強中のときのこと。

私がロルフィングを学んだコロラド州ボルダーというところは、とてもとても空気が乾燥していて、加湿器をつけていても、夜中に喉が乾燥してむせて目が覚めたり、肌が痒くなってしまうのでお風呂上りは念入りに保湿を心がけていました。

で、その後勉強を終えて日本に帰ってからも、乾燥肌が治らなくなってしまったんです(2012年のこと)。

汗をかく夏の間は大丈夫だけど、秋の初めくらいから、粘膜が乾燥するようなひりひり感から始まって、手足の皮膚が痒くなる。水分をとってもからだの中が潤う感じがしない・・・という状態。

肺を潤すには白いもの!なんていう付け焼刃な情報で梨を食べてみたり白きくらげを食べてみたりしましたが効果なし。

そんな秋冬を数年過ごしてたのですが、おなじみ札幌の風の音治療院の安部さんに出会って、ようやく生活習慣を変えてみようという気になって、そこから時間をかけて、でも確実に肌が変わってきました。

私の場合一番大きかったのは、夜更かしと遅い時間に食べてしまうこと。

仕事終わって、ご飯食べて、だらだらと夜更かしして・・・というルーティンを変えるのは、最初は本当に難しくて、ちょっと頑張って続けてみては、また元に戻って・・・の繰り返し。

それでも前よりは早く寝て、寝る直前に食べることが少なくなり、お砂糖の摂取量も減っていったことで、去年の秋は例年に比べてずいぶん肌が楽でした。

そして去年、「今年の秋冬はこれだけ楽になったんだから、来年はもっと楽になるはず」とひそかに期待してたのが、めでたく実を結びました。

結果はすぐにはでない。今の季節をどう過ごしたかは次の季節に出る。今年どう過ごしたかは来年に出る。安部さんから教わった、長期的にからだの状態の変化を観察する、ということが、やっと板についてきたかな?

多分この1年、いっぱい運動するようになったのもよかったんだろうなぁ。肌の新陳代謝がとても活発になったのを感じてます。とくに背中とか、今まであまり筋肉がついてなかったところ。いっぱい動かすようになったら肌がツルツルになりました♡

肌の問題って、いろいろ塗ったり飲んだり、何かプラスすることで解決しようとしてしまいがちだけど、本当にシンプルな生活習慣の改善だけでこれだけ変わるんだなぁと驚いてしまいます。

乾燥肌がよくなったこと自体もうれしいけど、こうやって自分のからだのお世話が少しずつ上手になってきていることがなにより嬉しいです。

 

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本日のバレエ

今通っているバレエのオープンクラスの先生がとてもよくって。

言葉の選び方、お直し入るときの触れ方がいつも絶妙で、絶対ボディーワークを色々勉強されているはず・・・とひそかに思っています。

今日のバーレッスンのときは、横にあげた私の肘(よく直される)にそっと触れて一言。

「角度じゃなくて、ひじに意識を」

あーほんと、特に右ひじは感覚が薄いのは自覚があったけど、全然ぬけてたーーー!

その関節に、からだの個所に、意識がちゃんと宿っているかどうかのレベルで指摘してくれる先生はなかなかいません。こういう形よ!って見た目の話になるのがほとんどだから、ありがたすぎるし貴重すぎる。

でも昔の私だったら分からなかっただろうなぁ。今このタイミングで教わることができて、本当に良かった。

先生いったい何を勉強されてきたんですか?っていつか聞きたいなぁ。

 

 

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食べ物に振り回されない自分になる

去年受講して、とーーーっても役立った講座、「自分に優しい食事の基本~料理が出来なくたってできるマクロビオティック生活」。その続編に参加してました。

講師は風の音治療院@札幌の安部さんです。
安部さんについてはこちらを)

 

陰陽の基本的な仕組みと、どんなときにどういう食べ物が欲しくなるのか、ということを学んだのが前回。あれから時間をかけて、「振り返る」ことがずいぶん習慣化された気がします。

振り返る、というのは、食欲の衝動が起きたとき、欲求のままに口にするのではなくて、欲求から自分を切り離して、こんなふうに段階的に自分の状況を観察する、ということ。

① ○○を食べたい(飲みたい)!!という衝動に気付く
② 自分が緊張していて、からだを緩めたくて欲していることを自覚する
③ そんな頑張った自分をねぎらう(ここ重要!)
④ 何を食べるのかを再検討する
⑤ どうしてここまで緊張したのかを振り返る

 

たとえば、ひと仕事終わって「あー!コーヒーと甘いもの!」ってなったときに、衝動的に口にしてしまうのではなく、まず「ああ、自分はからだを緩めたいんだ」ということに気づく。

(まずここで気付く、というのを習慣づけるのが結構大変。なにせ疲れて甘いものクレクレ状態になってるときは、思考が正常に機能してないから、欲求のままに突っ走ろうとする自我にストップをかけるには、ちょっと根気と時間が必要でした。)

で、その上で、しょうがないよ、こんなに疲れてるんだからコーヒー&スイーツ必要だよね、という選択をする。そしてよく頑張った、えらい偉いと自分をねぎらいながら美味しくいただきます。

で、これに慣れてくると、そこまで致命的に疲れてるのでなければ、コーヒーじゃなくてハーブティーとか、少し優しめのものを選んだり、カフェラテにしてスイーツはやめておこう、とか、アロマ焚いてみる、ちょっとからだを動かしてみる、という選択もできるようになってきました。

要は緊張が緩めばいいのだから、そのときどういう緩め方がこころとからだにとってベストなのかを考えればいいわけです。

そしてからだが緩んで落ち着いたら、どうしてそんなに緊張した状態になってしまったのかを振り返る。

慣れないことをしたとか、キャパを超える予約をこなしてしまったとか、急ぎの仕事で慌てていたとか…いろいろありますが、どれも氣を消耗しすぎちゃったのが原因なので、どうしたらここまで消耗しなくてすむだろう、というところに思考を使います。

時間をかけてゆっくりとこの振り返りが定着してきたら、からだが本当に欲しているものが前より分かるようになってきました。

大事なのは、自分で自分の状況が分かっていて、最適なアクションを選択できているかどうか。甘いものを食べるか我慢できるかという次元の問題じゃなかったんだなぁ。

自分のからだと会話しながら、その時その時の最善を選ぶ。最善というのは、場合によってはコーヒー&スイーツに落ち着くことだってある。でもいつもいつも主体性をもって選択していることが、振り回されない自分を作っていく。

振り返る、というシンプルな作業の積み重ねで、少しずつ少しずつ、食べ物に振り回されることが少なくなってきました

 

と、講座の感想を書こうと思ったのに、自分のここまでの振り返りで長くなってしまったので、それはまた次回に・・・

 

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サーフィン

初サーフィン@九十九里海岸。

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ロルファー仲間と一緒に体験スクールに行ってまいりました。

ウインドサーフィンも面白かったけど、サーフィンはより波と一つになる面白さ。強風の中、波にもまれてぐちゃぐちゃになりながら、夢中でボードと戯れてきました。

まだ何が何だかわかっていないけど、それでも何本か、すいーーっとのれたときは本当に気持ちよかった。

新しい「動き」を体験すると、からだにも新しい発見があります。

ボルダリングで前よりはずいぶんましになってきた広背筋、パドリングでうまく使うにはまだまだ訓練が必要。

最近ブームの「肚(はら)」の感覚。不安定なボードの上に立つと、弱い弱い。もっと粘りのある腰がほしい。

あんまりにも楽しくて、帰りがけに2週間後にまたスクールの予約を入れてきちゃった。この夏はほとんど山に行けなくてしょんぼりだったけど、なんだか海にご縁のある夏となりました。

 

 

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見ることへの執着

メガネをなくしてしまいました。

この間のワークショップ中、会場についてメガネケースを開けたら中身がはいってなくて。きっと家に置いてきたんだろうと思ってたら、家にもなくて。

そのうち出てくるかもと、今は古いメガネを使ってます。そしたらこっちも、ねじが緩んでたのに気が付かなくて、道を歩いているときに、柄が外れるというアクシデントにみまわれる・・・なんだかメガネ運がいまいち?(近所のメガネ屋さんで100円直してもらえましたが)

でも最近、前ほど「見る」ことへの執着がへったなぁと感じています。前にブログでも書いたけど、メガネをかけてないとき、無意識に「見えてない、見なくては」と緊張していたのが、「見えてないけど、まあいっか」くらいの緩さでいられてる。

自分の中の「見なくては」という衝動を意識的に手放した、というのもあるかもしれないけれど、どちらかというと視覚以外の感覚が豊かになったことが大きいと思っています。視覚以外というのは、体性感覚。つまりからだがどういう状態で、どんなふうに動いているか、という感覚。

目から入ってくる情報とともに、このからだの感覚をつかって私たちはバランスをとっています。例えば、目で足元を見なくても、足裏のセンサーで地面の凹凸を感知できるし、足腰がちゃんとグラウンディングしているという安定感があることで、首や頭はリラックスして目も楽に使うことができます。

見よう見ようという執着は視野を狭めますが、0.1無くても「大丈夫、見えてるし」とリラックスしてれば周辺視野が広くなるので、まっすぐ前を向いていてもなんとなく足元が見える。(逆に視野が狭くなると、足元を確認しようとして顔が下を向いていく。)

あと、足腰に安定感を感じていると、必要以上に不安になるのを防いでくれます。

人が見つけられない、
行き先が見えない、
カフェでメニューが見えない、
探してるものが見つからない、

などなど、

見えてないといろんな不安があるわけですが、どれもこれも慌てなければ実際大したことではなかったりする・・・(急いでるときは別ですが)。

人に見つけてもらえばいい、
看板のすぐそばまで近づけばいい(人に聞いたっていい)、
メニューもレジのところでじっくり見ればいい、
時間を掛ければメガネなしでも買い物できる・・・

そんなふうに思えると、あれっ、なんであんなに見えないことが怖かったんだろう?ってなってくる。

そうするともはや、視力がいいとか悪いとかの次元ではなくなってきて、ひょっとするとこの次元を超えたところに、視力回復への道があるのでは・・・なんて思ったりしています。(まだ執着している(笑))

 

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尾骨(尾てい骨)の場所

今日は大人のためのからだの教室。今回は骨盤底についてやりました。

まずはランドマークになる骨を触って確認。みなさん坐骨は余裕でクリア。でも意外に尾骨の位置が分かりづらかったみたい。そうかー、ふつうの人は日常生活で尾骨を触ったりしないのかぁなんて改めて思ったりして…

尾骨は、人によってはすごく内側に入り込んでいたり、左右どちらかに曲がってたりもして、お尻のお肉に埋もれているような状態だと触るのもちょっと難しかったりします。

が、尾骨とはしっぽ。しっぽとは方向性を司るもの。動物のしっぽを見れば、あれがただの飾りではなく、バランスをとったり動きを調整するのに欠かせないものなのは一目瞭然。

人間のしっぽはこんなに短くなってしまったけれど、それでも姿勢、動きの中でしっぽが果たしている役割はとても大きいです。尾骨には骨盤底筋群の一部も付着しているので、尾骨の状態は骨盤底の状態とも関係しています。

よくある骨盤底筋群のエクササイズで、お尻の穴をぎゅっと締める、というのがありますが、これは闇雲にやるとちょっと危険。骨盤底の状態は、恥骨側はしっかり安定、尾骨側はふんわりフリー、というのが理想なのですが、お尻の穴ばっかり締めていると尾骨側の緊張がどんどん強くなってしまいます。

そんなわけで今日は、前側しっかり、後ろは自由、な骨盤底の状態に整える、決して締めないエクササイズをご紹介しました。

明日は高田馬場で同じクラスです。同じテーマで準備しても、参加者が変わると内容が変わるんだよなぁ・・・ワークショップは生ものです。明日も楽しいクラスになりますように。

 

 

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ただ裸足で歩くだけで

ボルダリングジムからの帰り道。人も車通りも少ないアスファルトの道。ふと思い立って、サンダルを脱いで裸足で歩いてみました。

日が暮れるのもずいぶん早くなったおかげで19時頃のアスファルトは思いのほかひんやり。アスファルトの凹凸、小さな砂粒の刺激で足裏が一気に目を覚まします。

ガラスとかが落ちてないかだけ気を配りつつ、ゆっくりゆっくり歩く。ふだん、靴に守られている(無意識の)安心感から、いかに無防備に足を地面に投げ出しているかに気が付かされます。

靴を履いているときのスピードで歩いたら絶対痛い。自然と歩く速度はゆっくりになるし、セッションでもよく言う「地面を受けとめるような」歩き方になります。

そんなふうに歩いていると、関節の動きがどんどん滑らかになって、足裏はまるで地面に吸い付くような柔らかさに。足裏の感覚刺激による自己調整は、足だけにとどまらず、膝、股関節、背骨、頭と全身に広がっていきます。がんばって力を使ったために、ふだんと違うバランスになっていたからだが、ふたたび統合されていく。

統合感、つまり「からだが一つである」とか、「からだがつながっている」という感覚は、何よりのリソースで、足裏から全身に広がったそのつながりを感じながら歩いていくことで、調整はまたどんどん進んでいきます。

10分くらい歩いたところで、急にスイッチが入ったように、足指が動き出しました。そうそう、今日は登っているときも、足指に力が入らなかったんだよなぁ。やっぱり趾が効いてると気持ちいいなぁ、なんて悦に入りながら、15分ほどの裸足歩き終了。

ただ裸足で歩くだけで、これだけの変化が起こります。もうちょっと細かく言うと、私の場合はこれだけの変化に気が付きます、の方が正しいかもしれません。

変化というのは、起こすものではなくて、起きていることに気が付くもの。だから裸足歩きでたくさんの変化を起こす、ではなくて、裸足歩きでからだはたくさんの変化を起こしている、それに気付く力があるかどうか、という方がしっくりきます。

からだは常に変化し続けている。変化しなくなるのは死んだときだけ。感じる力を育てるというのは、どんな小さな変化にも気付くことができる観察力を身につける、ということです。

 

なんだか脱線しましたが、夏の夜の気持ちの良い裸足歩きでした。

 

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思考で思考は止まらない

いかなる問題も、それが発生したのと同じ次元で解決することはできない
-アルバート・アインシュタイン

 

いつも考えてばかりで、思考が止められない、っていうお悩みをよく聞きます。

考えるのをやめよう、と思っても、次から次に思考が浮かんできてしまう、とか、瞑想をしても考え事ばかりしてしまう、とか。

考えること自体は悪いことではないけれど、というか人間に与えられた素晴らしい能力だけど、出口の見えない悩み事の中でぐるぐるするのはやっぱり疲れてしまいますよね。

ずーーーっと頭の中のおしゃべりが止まないのはとてもエネルギーを消耗します。人のからだが本当に休息をとるには、からだの中、頭の中にも静けさが必要。

じゃあどうしたら思考から離れられるの?というところで、先ほどのアインシュタインのお言葉です。

どんなに頭の中で「考えるのを止めよう」って思っても、思考という次元に居続けているかぎり、思考はずっと続いていく。思考で思考を止めることはできなくて、「別の次元」に意識を移す必要があります。

別の次元とは、からだの感覚。

今自分のからだがどんな状態にあるのか、「感じること」に意識をおけば、自然と思考は静まっていきます。

たとえば呼吸をただ観察する。地面についている足の裏をただ感じる。このとき、観察し続ける、感じ続ける、のがポイントです。

思考が絶え間なく流れ続けるように、感覚もまた絶え間なく変化しながら流れ続けています。一瞬をとらえるのではなく、ただただその移り変わりをぼんやり眺めておく、という感じ。(凝視すると緊張しちゃうので、あくまでなんとなく、ぼんやりと。)

最初は何を感じたらいいのかよくわからないかもしれません。まったく分からない、とか、感覚に意識を向けようとすると具合が悪くなる、という人は、からだの感覚を取り戻すのに、専門家の助けが必要かもしれません。

感覚の引き出しが増えてくると、自然と思考に注がれるエネルギーは減っていきます。というよりも、感覚ありきで思考できるようになるので、不毛なエネルギーの使い方にならない、という方が正しいかも?

そもそも生き物というのは、感覚ベースの欲求があって、それを満たすために思考を使って手段を考える、というのが本来の順序。でも今は根っこの感覚に気付くことなく、本当のニーズに気付くことなく、思考だけでいろんな問題を処理しようとするから、根本的な解決にならないし、みんな疲弊してしまう。

私も今でこそずいぶん静かな頭の中になりましたが、それでもときどきはぐるぐる思考にはまるときがあります。そんな自分に気付いたときは、「次元を変える」ってつぶやいて、感覚モードにシフト。

ちゃんと呼吸している、ちゃんと心臓が動いている、からだが温かい、あっ、大丈夫、私ちゃんと生きてる・・・

今この瞬間「生きている」ことにフォーカスが当たると、こころに波風を起こしていた憶測や妄想はいつの間にやら遠くに行ってたりします。

 

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朝の一杯

朝起きて、白湯を飲むのが美味しく感じるようになってきました。

元気いっぱい過ごしていたけれど、夏の疲れをじんわり感じる今日この頃。内臓も疲れているんだろうなぁ。起き抜けに飲む白湯の温かさが、何とも言えないほっとした気分にさせてくれます。

私は朝起きたら「今朝は何を飲みたい?」とからだと相談するのが習慣で、基本は白湯なのですが、その日のからだのリクエストに応じてレモンとかを入れることもあるし、夏の朝なんかは庭でつんだミントやらレモングラスやらでフレッシュハーブティーをいれるのもこの上なく幸せな気持ちにしてくれます。

春の終わりから梅雨にかけては、ヤンノー(煎り小豆粉)を飲むことが多いかな。毎年この時期、湿気がたまってきたからだを助けてくれます。

風邪とか胃腸の具合が怪しいなぁというときは梅酢。毎年梅干しをつけたときにできる梅酢を重宝しています。

寒くなってくると、葛湯を飲むことも。これもまた、しょうが、梅酢、柚子、リンゴジュース、豆乳などなど、バリエーションは色々あります。

しゃんとしたいな、という気分の日は、とりあえず常温の水を一杯飲んでから、なるべく丁寧に淹れたお茶を飲むことも。

うまくからだのリクエストを聞くことができると、用意した飲み物は本当においしく感じられて、からだがほっとしたり、気持ちいいなぁと感じます。なんか、ニーズにバチッとはまった気持ちよさ。

もちろん外すこともあって、飲んでみて「あれ、なんかこれじゃないかも」と思うこともあるし、何が飲みたいのか分からなくて、なかなか決まらない朝もあります。そんな日は、ああ今日はそういう調子なんだなぁ、とだけ思っておく。

こんなふうにからだと相談しながら「今朝の一杯」を決めるのが、自分の感覚にアクセスするいい時間になっています。

 

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