ただ「からだがある」という幸せ

あれはたぶん、まだロルフィングを勉強中のころ。気持ちのいい天気の日に歩いていたら、突然「ああ、からだがある!」という感覚に襲われました。

それはさながら「水」の存在を知ったときのヘレンケラー。

身近過ぎて、当たり前すぎて、すっかり忘れ去っていたからだがあるという感覚。あまりに衝撃的過ぎて、思わずその場でしばらくぼーっとしてしまいました。

「ただからだがある」感覚。違う言い方をすると、身体感覚が生き生きと働いて、自分のからだと周囲の環境とをバランスよく認識できている状態、といったところでしょうか。

生き物としての根源的な幸せ。とくべつ成果をださなくても、ただ生きているだけで味わうことができる充足感。

あのとき私が感じたことを文字で説明するのはとても難しいのですが、自分のからだをリソースとして本当に認識した最初のできごとだったように感じます。

そうして、こういう幸せの形もあるのだということを、もし興味がある人があれば喜んでお伝えしたいと思って仕事しています。

痛みがない、というのはよくゴールに設定される方が多いのですが、それだけだとちょっともったいないな、と思って。からだがあるだけで幸せになれるって、とってもシンプルだけどどこまでも味わい深く、人生を豊かにしてくれる感覚です。

 

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